十作目 映画通とアン・ハサウェイ

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THE DEVIL WEARS PRADA

「プラダを着た悪魔」 
©2006 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.

オレは映画監督としての自覚はほとんどないのだが、映画を監督していることは間違いないし、他人から見りゃ映画監督なのだろう。ではなぜ自ら映画監督を名乗らないかというと、ズバリめんどくさいからだ。先日、早い時間から飲み始めてしまい、酔いが足らずに目に入ったバーに入った。客は誰もおらず、マスターが一人で店内の壁にプロジェクターでアンゲロプロスの「旅芸人の記録」(75)を映しながら酒を飲んでいた。カウンター席を勧められ、何気に店内を見渡すと、棚には映画のDVDやVHSや映画関連の本が並んでいた。そして壁には「タクシードライバー」(76)のレアなポスターが。ヤバい……このマスター、映画通に違いない。そしてもしオレの職業がバレたら、めんどくさい映画話をふっかけられるに決まっている。サクッと飲んで早めに退散しよう。オレは上着も脱がずにハイボールを頼んだ。

「あれ、お客さんもしかして……」グラスを差し出しながらマスターがオレの顔を見た。「え?」「監督さん……ですよね?」うわあもうバレた……。否定するのもなんなので「はい、一応」と答えると、待ってましたとばかりに「どうですか?『沈黙』は?」と。どうですかも何も先週公開されたばかりでまだ観てねえよ!「ああどうすかね? 重そうっすよね」テキトーな返事をすると「僕はねえ、スコシージのワーストだと思いましたね」うわ、出たー。スコセッシを英語読みで呼ぶパターン。確かジョン・ミリアスがそう呼んでいたはずだ。さらにこれは、さりげなく映画通をアピールしつつ、相手の出方を窺う戦法でもあるのだ。マスターはしばし“スコシージ持論”を語り、オレがいちばん嫌いな質問をしてきた。

「監督のベスト・ムービーはなんですか?」来たよ来たよ……なんで映画通はこの話題をしたがるのか? ベタな作品をあげれば見下し、マニアックな作品をあげれば知識をひけらかしてマウントを取ろうとする。これに付き合うのが本当にめんどくさい。だが、オレはこの質問に対して、相手を黙殺する魔法のワードを知っているのだ。「『プラダを着た悪魔』(06)です」「……ああ」もちろん相手もタイトルくらいは知っているだろう。だが映画通は、このテの“恋に仕事に頑張る女子ムービー”が苦手で、ほとんど観ていないので話を転がすことができないのだ。が、一瞬の沈黙の後にマスターは意外な言葉を発した。「……僕も大好きなんですよ、あのアン・ハサウェイは最高ですよね! いやね、あんまり人に言えないじゃないですか? ああいう映画が好きって」「あ、はい……」「彼女がどんどんオシャレに変身していくシーンなんか超テンション上がるし、エンディングもこれしかない!ってカンジでお見事ですよねえ!」それからマスターは1時間にわたって「プラダを着た悪魔」がいかに傑作であるかを語りまくり、オレは完全に店を出るタイミングを失った……。というわけで観てない人はWOWOW3月の特集【We love アン・ハサウェイ】で是非ご覧ください。ほんと大傑作ですから。

 

We love アン・ハサウェイ】※WOWOWシネマ

★3月4日(土)

■10:00「レイチェルの結婚

■12:00「アリス・イン・ワンダーランド

■14:00「マイ・インターン

■16:15「プラダを着た悪魔

■18:15「ブルックリンの恋人たち

WOWOW ご加入・お問い合わせ 0120-808-422(9:00〜21:00)/月額視聴料2,300円(税込2,484円) ※加入料はかかりません。

本連載が掲載されている『キネマ旬報』

11B_COVER

キネマ旬報 2017年 3月上旬号

記事に登場する作品情報

旅芸人の記録
(1975)

タクシードライバー
(1976)

沈黙‐サイレンス‐
(2016)

プラダを着た悪魔
(2006)

大根仁監督 最新作情報

SCOOP!

あらすじ

フリーカメラマンの都城静(46)は、かつて数々の伝説的スクープをモノにしてきたが、現在は芸能スキャンダルを中心に追うパパラッチ。そんな彼が、写真週刊誌「SCOOP!」の新人記者とタッグを組む中で、スクープを獲得していき、次第に大きな事件を追う事になる…

■2017年9月公開予定

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■2017年8月18日公開予定

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